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この日記について
この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。 2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。 2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。 1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。 1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。 |
オルセー美術館に展示してあるゴッホの「アルルの家」は、本当なら上野で常設されていたはずなのはご存じ?川崎コレクションの一つとなっていたはずなのですよね。戦争で輸送差し止めになったコレクションの中で、返還されなかった4作品のうちの一つが「アルルの家」。おかげで(?)クラスでゴッホの話題がでる度に、「フランス政府はアルルの家を盗んだ!」と主張して周囲の顰蹙を買うことになってしまう。
まあ、過去をほじくり出したら、大英美術館もルーブルも盗品の展示場ということになってしまう。尤も以前にODAの話題が出たとき、誰かがフランスの援助率の高さを自慢したので、私は「ナポレオン時代にあれだけアラブから略奪しまくったんだから、その見返りとして当然のことだな」と毒づいた事がある。そしたら結構アルジェリア人やエジプト人達には受けていたから、彼らがルーブルに行くときなど、案外複雑な気持ちがあるかも知れないと感じてしまった。
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