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この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

1994年05月13日

「いい上昇気流だなあ」
 谷底から吹き上げる風に、わかいた細かいすなつぶが舞い上がった。つち埃というよりも、石灰の粉というようなかんじのすなつぶだった。
「小杉さん、こんな崖のうえも、飛んだことあるんですか?」
 オーバーハングさえしている絶壁の底を、平然と見据える『おいちゃん』に尋ねた。
「こういう風が、ハング・グライダーには一番だよ……」
「でも、飛び降りるような気分でしょう?」
「まあね。そりゃ、慣れてない初心者がやったら、あぶないさ」
 出張先からの直行だったので、このときのおいちゃんは、相変わらずYシャツに紺のスーツ、黒の革靴という姿だった。崖のうえからハング・グライダーで舞い上がる《おいちゃん》の姿は、ビジネスマンの格好からは想像できなかった。
 あらためて、谷底をのぞきこむ。
 ハング・グライダーとは、一生、縁がなさそうだ……。

 リヨンからボーヌまで、電車で約一時間四十分の行程だった。普通電車の二等車両でも、ちゃんと三人座席がふたつ組みになったコンパートメントがある。
 始発駅の Lyon Perracheから乗ったわれわれは、禁煙車両のコンパートメントをひとつ確保した。確保するとはいっても、オフシーズンなので、乗客はそれほど多くなかった。発車十分前でも、まだ空のコンパートメントが多いくらいだった。
 ぼくひとりが進行方向の反対向きの席に座る。
 眠い。
「座席を手前に引けば、リクライニングできますよ」
 町田さんは真ん中の座席の手前でかがみ、腰掛けの下の部分を両手で引いた。ぎぎっときしむ音を立てながら、座席が十五センチほど手前に移動した。背もたれの部分は、移動した距離だけ角度をゆるめた。
 窓際の席に座った小杉さんは、すでにうつらうつらしていた。
 前日、レンヌで山村さんご夫妻と夕食をともにしたそうだ。ワインを二本あけて、まだ酔いが残っているらしい。たしかに、この日、リヨンのしゃれたカフェでとった Bavette d'Aloyau の煮込みを、小杉さんは半分以上残していた。
 目が覚めたら、小杉さんも疲れがとれて、空腹を覚えるに違いない。そのときになったら、Bavette がとてもとてもおいしかったことを、思い出させてあげよう。
 町田さんもどうやら眠る体制にはいったようだ。ぼくの正面では、みどりが
「地球の歩き方」を眺めている。
 だれも足をのっけないことを確認してから、座席を仕切る肘掛けを持ち上げた。
 靴を脱いで、座席の上に足をなげだす。入り口の厚めのカーテンが、ちょうど手頃なクッションのかわりだ。
「そんな格好をしていたら、町田さんが足を乗せられないじゃない」
 さっそくみどりがご注進してきた。
「あ、町田さん、気にしないでのっけて下さいね。はじっこに寄りますから」
 眠る体制にはいっていた町田さんが、はなしかけられて目をあける。
「いや、この姿勢で大丈夫だから」
 みどりが苦笑していた。
 とりあえず、クレームがなければやってしまえ——フランス式交渉術であった。
 出発二十分後くらいに検札があったほかは、ほとんど眠ったままだった。
 ボーヌに到着したのは午後四時頃。日本の国内旅行なら、宿を探して、ひと風呂浴びて、あとは夕食をのんびりと待つ——そんな時間だろう。
 五月のフランス、日没はすでに九時すぎだ。四時というのは、日本でいえば、まだ一時か二時くらいの感覚だ。
 リヨンでは朝がた少しだけ残っていた雲は、もう、どこを見ても破片すら見えない。気温は二十五度を越えていた。パリを出るときにはいていたコーデュロイのズボンが、鞄のなかの邪魔者になっていた。
 ボーヌの小さな駅舎を出てから、小杉さんがなにやら探していた。
「せっかくだから、レンタカーを借りない?」
 賛成。
 でも、駅前でさえこんな閑散とした街に、都合よくレンタカー屋があるのかな?
「いいですね。でも、エイビスかハーツじゃないと、ちょっと不安でしょう?」
「まあ、そりゃ、大きいところの方が、保険とかはしっかりしているからね」
 と、小杉さんとはなしているとき、ハーツの看板が目に入った。
「よかった。簡単に見つか……」
 事務所は引っ越したあとだった。
「とりあえず、街のインフォメーションに向かいましょか?」
 町田さんが、道路の先の標識を指さした。《Village Centrale》《information》
 街中に入れば、レンタカー屋もあるかもしれない。
「あ、バジェットがあるよ!」
 街の外周道路の信号を待っていたとき、小杉さんが左の方を指さした。さきに《information》に行った方が……と言う前に、小杉さんはバジェットの方に向かっていた。
 小杉さんが営業所のドアを空け、「Hello!」とひとこと。
「でもここ、あすの日曜はあいてませんね」
 町田さんがドアに書いてあった営業時間を指さした。なかに入りかけた小杉さんが、え、ほんと、というような表情を浮かべた。
「ま、とりあえず聞いてみましょう」
 提案した手前、ぼくも小杉さんと小さな営業所のなかに入った。
 小柄なマダムは細かな質問にも丁寧にこたえてくれた。
 小杉さんはもう借りるつもりでいた。われわれも、せっかくブルゴーニュまで来たのだから、「黄金の丘」を散策してみたいと思った。
 外はまっさおな空、時間はまだ午後四時、ひとっぱしりすれば、十分に遠足できる時間だ。お天道さまは、まだ南の空。西の丘の端までは、十分すぎる隙間が残っていた。
 一日借りたいのだけど、と言うと、彼女はあっさりと構わないと答えた。
「でも、日曜は休みじゃないんですか?」
「店の前に乗り捨てておいて。ロックをしておいてくれればいいわ」
「鍵はどうするんですか?」
「ドアの横に、郵便受けがあるでしょう?
 その中に放り込んでおいて」
 一同、思わず郵便受けのほうを見てしまった。
「で、あとは……?」
「……あとはって、それでおしまいよ」
 なるほど。
 パリだとこうはいかないが、ボーヌだとこれで十分なのだろう。
「なんだか、途中まで降りてみたくなるなあ」
 町田さんは、すでに崖の少しさき、岩のでっぱったところに進んでいた。
「うーん、見ている方が怖い」
 小杉さんが呟いた。ハング・グライダーなしだと、小杉さんだって崖は怖いのだ。
 町田さんが乗っている岩は、深さ百メートルはありそうな絶壁のうえに、オーバーハングした出っ張りだった。横からみると、もう一段、下までさがれるようになっている。
「でも、登れる保証がないしなあ……」
 アドベンチャーを中止した町田さんが戻ってきた。
「よくあそこまで進めましたね」
 車の近くから眺めていたみどりが、町田さんにたずねた。
「ぼくら、仕事でこういう崖をおりなきゃいけないこと、ありますからね」
 確かに、崖で遭難事故などおこったら、誰かが救助に行かなければならない。消防局に勤務していれば、その誰かになる可能性も高いだろう。
「降りるのはともかく、登るのがたいへんですね。ここだって、降りるだけなら……」
 ぼくなら降りるのもパスしたい。
「さて、そろそろ行こうか」
 小杉さんの呼びかけに応え、われわれはバジェットで借りた、ルノー・クリオの小さなボディにおさまった。


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