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この日記について
この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。 2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。 2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。 1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。 1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。 |
「小杉さん、ちょっと停まってもらえますか」
「うん?
いいよ。ちょっとまって……はい」
石畳の一方通行の小径を徐行していたので、小杉さんはすぐに車を左側に寄せて停めてくれた。
車が停まったのは、《Hotel des Remparts》という飾り文字のついた建物の前だった。
**
リヨンを出発するまえ、町村さんの自宅で、ボーヌのホテルのパンフレットを見せてもらった。以前、Bourgogne さんが薦めてくれたホテルのものだった。
「十室しかありませんね」
町田さんがパンフレットを見ながらつぶやいた。
——十室だけ?
こりゃだめだ。
「電話で予約したほうがいいでしょうかねえ?」
いくらなんでも、もう満室でしょう、と、ぼくはこたえた。
町村さんのアパルトマンを去るとき、ホテルの名前はメモしていかなかった。
レンタカー屋のガレージから、小杉さんが車を発進させる。ルノー・クリオのせまい後部座席から、ぼくはぼんやりと外を眺めていた。ボーヌの街の外周道路から、町田さんがまえに指さした標識のところを左折した。舗装道路から、古い石畳の道に入る。
パリ市内のまあたらしい[・・・・・・]石畳と違い、ボーヌの古い道は、かなりでこぼことした感触だった。足のふかふかした昔のアメ車だったら、すぐに気分が悪くなりそうだ。
左折してすぐ左側は、ちょうど城の一角のような建物だった。その隣は、前庭が広く、赤や黄色など、原色の装飾がこまかく配された邸だった。車があまりスピードを出せない路面だったので、ボーヌの古い街並みをじっくり眺めることができた。
「そこ、左折ですね」
助手席から町田さんが言った。《Information》 の標識が左折方向に向かっていた。小杉さんが、一方通行の道に車をあやつる。
とにかくインフォメーションまで行けば、ホテルはなんとかなるだろう。
ふっと、左の建物を眺めると、フランスではおなじみのホテルの標識が目に入った。
——なかなかしゃれた建物だな。
と、思った。
——名前はなんだろう?
《Hotel des Remparts》
「!」
急に思い出すものがあった。
「だめモトで部屋を聞いてみましょうか?」
誰にも異存はなかった。
町田さんとふたりで、部屋の交渉に行った。
入り口はいかめしい門なんかではなく、ごく普通の、ガラス窓のドアだった。長いノブを下にひねり、内側にドアをあける。
入り口のすぐ左には、古めかしく、つやの渋い大きなデスクが置いてあった。そこがフロントなのだろう。
デスクには、ラテン風の美人がいた。立ち上がって、われわれふたりに微笑みかける。
だめモトでも、来ただけの価値はあったような気がした。
「四人なんですけど、二部屋ありますか?」
「ええ、一晩ですか?」
彼女の愛想のよい笑顔が心地よかった。
「そうです、一晩だけです」
実にあっけなかった。いくらオフとはいえ、これほどしゃれたホテルなら、十室くらい、もううまっていると思った。しかし、彼女のくちぶりからすると、予約客はまだいないような感じだった。
「お部屋をご覧になりますか?」
「あ、お願いします」
ちょっと待って、と町田さんにひとこと。車で待つ小杉さんとみどりに、空室があることを告げた。
「部屋がよさそうだったら、予約しちゃいますね」
「ここのホテルなら文句ないよ」
小杉さんはすでに満足げだった。みどりにも異存なし。
ふたたびホテルのロビーに戻る。
町田さんと二人で、ラテン美女のあとに続いた。
ロビーは二十帖ほどで、質素な応接せっとがデスクの向かいにあった。その隣は、朝食をとるための小スペースになっていた。
彼女は食堂スペースのわきを抜け、そのまま中庭に向かった。わき沿いには、三色旗、星条旗、EC旗にまじって、日の丸の小旗が立っていた。その前には、観光コースのパンフレットがならぶ。
ちいさな中庭の先に、丸い、塔のような一角がある。細かな石の敷き詰められた中庭を、彼女はその塔に向かって進んだ。
「なんだか、随分と渋い建物ですね」
塔を見ただけで、なんだか嬉しい気持ちになってきた。町田さんも同意見だった。
「とても古い建物ですね」
螺旋階段を先行して登る彼女に尋ねた。
「十七世紀に建ったんですよ」
「へえ、十七世紀ねえ!」
「内装は何度もかえていますけど」
「十七世紀じゃあ、まだ生まれてなかったなあ……」
「あはは……」
われわれが案内された部屋は、フランス式の三階だった。この建物の最上階だ。
階段をのぼりきって、右側の部屋に案内される。
きれいなカバーのかかったベッドがならぶ。天井の斜めの角度が半分残る。部屋の右のほうから、そとの明るい光線が入っていた。
十分なスペースが快適そうだった。空気はここちよく乾燥し、すっきりとした黒い柱が、ほこりひとつないことを証明していた。
うん、異議なし。
続いて向かいの部屋に向かう。
ドアを空ける。
急に広々とした空間が広がった。建物の中心線にあたるのだろう。逆V字型の天井が、わきの方ではかなり低くなっていた。小さな机が、片側を天井に接するかたちで置かれていた。
たっぷり十帖はありそうな部屋だった。奥の方に、うすピンク色のカバーのかかったベッドが、前の部屋よりもだいぶ迫った位置におかれていた。
——小杉さんと、町田さんは、向こうの部屋のほうがいいんじゃないかな……
どちらの部屋も文句のない雰囲気だった。
「ひとつだけ、問題があるのよ」
ラテン美女が、妙に強調するかたちで「une chose」と言った。
バス・ルームのドアをあけ、彼女が申し訳なさそうに言った。
なんだ、トイレが使えないのか?
「ここ、シャワーが使えないの。バス・タブにはつかれるけど」
ほっとひといき。
「Pas Probleme!」
肝心な問題はほかにあった。
ここは、三ツ星のホテルなのだ。
パリではいまだかつて、二ツ星より上のホテルには泊まったことがない。つい前日泊まったリヨンのホテルは三ツ星だったが、週末割引で格安だった。
観光地で三ツ星ホテルにとまるのは、だから、スリリングな経験だった。
「料金はいくらですか?」
「それぞれ380フランです」
え?
パリの二ツ星と同じ?
躊躇することはなにもなくなった。
町田さんと目頭でうなずきあう。
「じゃ、一晩お願いしますね」
われわれ二人は、ラテン美女のあとに続いてフロントにもどった。
さあ、あとは黄金の丘めぐりだ!
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