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この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

1994年07月15日

 ショーの合間にある「大道芸」の方が、後から考えると印象的だった。LIDOまで行って、芸に夢中になるというのも色気のない話しだが。
 案内してくれた外交官氏の話しだと、レギュラーでやっている芸人がひとり、あとはその都度代わっているそうだ。あまり客受けしない芸人は、すぐに打ち切られてしまうらしい。
 この日、最初の幕間に出てきたのは、壷振り(?)芸を見せる小柄な東洋人だった。
 最初は陶器の花瓶を高々と放りあげ、それを頭上や眉間の上で受け止めた。さっと投じられた陶器が、ぴたっと受け止められる。芸人は足を肩幅ほどに広げ、両手の拳を軽くにぎり、拳法の受けの形のようにして、左右に腕を突き出していた。
 上目遣いにして、陶器の動きを見据えている。単純な芸だが、動きが一瞬にして静止する緊張感はなかなかのものだ。
 徐々に大きな壷に取り替え、最後は火鉢ほどの大きさの陶器を出してきた。
「プラスチック製じゃないの?」
 元同僚がつぶやいた。
 彼だけでなく、見物人の多くが同じことを思っただろう。それほど大きく、肉厚のある器だった。小柄な東洋人が持つと、ひょっとしたら次の芸は、その瓶の中にもぐりこんで終わりじゃないか、とさえ思ってしまう。
 芸人の方も、こうした疑惑は承知なのだろう。まず最初に彼がしたことは、いかにも重そうにそれを振り上げ、インド人のようにそれを頭上に乗せ、左手でそれを支えつつ、右手で景気よく器を叩くことだった。陶器の乾いた音が何度か響く。本物だと納得しておこう。
 本当に重いのだろう、それまでのように、頭上高々と放りあげるわけにはいかなかったようだ。反動を付けて振り上げた瓶を、そのままピタっと眉間の上に乗せる。
 足は肩幅よりも遥かに広く構え、手は水平近くにまで広げられていた。首の筋肉に緊張が走っているようだった。
 重い瓶を乗せるのは、それはそれで大変なことなのだろう。が、それだけではいかにも芸がない。
 それはプロたる彼も先刻ご承知。
 瓶の安定を確認したあと、かれは首をすばやく左にひねり、一瞬にしてストップさせた。
 物理学の法則の復習ではないが、摩擦によって回転運動を始めた瓶は、一瞬のストップによって慣性運動に入る。彼のすばやい動きは、瓶と眉間の静止摩擦係数を上回ったのだろう。瓶が彼の眉間上で、そのままゆっくりと回転し始めた。
 客席から歓声が出始める。彼はそのまま、小刻みにきゅっきゅっと首をひねる。その都度、瓶は回転速度を上げ、最後にはぐるぐる回っているといっていいほどのスピードになった。
 彼のひたいはすりむけないのだろうか?
 場内からやんやの歓声と拍手がわき上がる。そのタイミングを見計らって、彼は重そうな瓶をおろした。ひたいには、別に血は滲んでいなかった。
 再び瓶を眉間上に乗せる。まさか同じことを繰り返しはしないだろう。心持ち、さっきの時よりも緊張しているような風もあった。
 大股の足構えを徐々にすぼめる。その都度、首の筋肉に緊張が走る。小刻みに振るえているようにも見える。
 そして、肩幅より少し広いくらいの位置になったとき、彼はそれこそ忍者のような身のこなしで、体を90度ひねらせた。
 それは、本当にあっというまのの身のこなしだった。運動の開始と終了があまりに突然のことなので、一瞬、それが何の芸なのかがわからなかったほどだ。
 が、彼が何をやったかは明らかだった。瓶の位置はもとのままで、それをささえる人の位置が90度入れ替わったのだ。同じ動作を、彼はされに二度繰り返した。
 瓶は微動だにしない。さっという動作で、彼だけが体を入れ替えている。動きには緊張感が満ちていた。客席は、歓声よりもどよめきが起きていた。


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