開設:2025/12/30
最新更新日:2026/1/30

「no image」と表示される欄は、まだ現物を未所有であるか、所有はしているが画像化がまだおこなわれていない雑誌です。収集および画像化は現在も進行中なので、徐々にコンテンツを増やしていく予定です。
【更新情報】
(2026/1/30)mcSisterのデータを追加しました。
(2026/1/22)ちょっと注目できる女性誌創刊のデータを追加しました。
(2026/1/1)データの一部を公開しました。
(2025/12/30)サイトの枠組みを設定しました。
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主なデータ収録の対象
1980年 an・an non・no JJ
MORE 25ans 若い女性
mc Sister
GALS LIFE Popteen
1981年 an・an non・no JJ
MORE with 25ans 若い女性
mc Sister Olive
GALS LIFE Popteen
1982年 an・an non・no JJ CanCam
MORE with 25ans 若い女性
mc Sister Olive
GALS LIFE Popteen elleteen
1983年
JJ CanCam ViVi
an・an non・no
MORE with LEE 25ans
mc Sister Olive
GALS LIFE Popteen elleteen
1984年
1985年
JJ CanCam ViVi
an・an non・no
MORE with LEE
25ans CLASSY
mc Sister Olive
GALS LIFE/GALS CITY
ポップティーン エルティーン

1986年
1987年
JJ CanCam ViVi
an・an non・no
MORE with LEE
25ans CLASSY.
mc Sister Olive
ポップティーン エルティーン
1988年
1989年
JJ CanCam ViVi Ray
an・an non・no
MORE with LEE
25ans CLASSY.
mc Sister Olive CUTiE
ポップティーン エルティーン

1980年発行のファッション誌・ライフスタイル誌・ティーン誌

  • 婦人画報社より月刊『25ans ヴァンサンカン』が創刊(6月号)されました。
  • 飛鳥新社より月刊『PoP-Teen』が創刊(11月号)されました。その後の同誌とは判型もデザインも大きく異なります。
JJ(光文社)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
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an・an ELLE Japon(平凡出版)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月






















non・no(集英社)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月











MORE(集英社)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
25ans(婦人画報社)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
(創刊前)
若い女性(講談社)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
mc Sister(婦人画報社)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
GALS LIFE(主婦の友社)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
Pop-Teen(飛鳥新社)
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
(創刊前)
1980年代のちょっと注目できる女性誌の創刊
プチタンファン とらばーゆ 日経Woman
婦人生活社
1981年創刊
リクルート
1980年創刊
日経ホーム出版社
1988年創刊
若い母親のための生活情報誌として創刊された。1980年代は大規模な集合住宅が都市郊外に発展し、地縁・血縁関係を持たない若い夫婦が数多く転居してきた。そのため育児サポートを得られない若い母親の孤立が深刻化した。『プチタンファン』には多くの悩みが投稿され、その一部は『読んでくれてありがとう』というタイトルで書籍化された(続編あり)。 情報誌で急成長したリクルート社が女性のための実用的な求人情報誌を創刊した。1986年に男女雇用機会均等法が施行されたが、雇用差別が一気に解消されたわけではない。それでも若い女性たちのキャリア志向は間違いなく高まった。バブル景気に向かうなかで有利な雇用環境を求める転職も増え、女性の転職は「とらばーゆする」と言われるようにもなった。 ビジネス関連の雑誌を続々と創刊してきた日経グループが働く女性をターゲットにした情報誌をついに創刊した。『とらばーゆ』が求人情報中心の内容であったのに対し、『日経Woman』は女性にとってのキャリア形成のノウハウや知識などを数多く掲載した。創刊された1988年はバブル景気のまっただなかで、当時の風潮を象徴する雑誌のひとつになった。

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